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spacer.gif ガバナー月信10月号
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出口榮二ロータリーへの私の変わらない思い
出口榮二(綾部RC)入会:1954年6月18日 86歳

○ロータリーへの私の変らない思い

 ロータリーが1905年シカゴ(Chicago)に誕生してからちょうど本年百年目に当り、意義深い記念の諸行事が次々と計画実行され来たっている。だがロータリーが呱々の声を上げた当時のシカゴは道徳的に又商業上から見ても種々の憂うべき欠陥が露呈し、決して近代的都邑としての諸秩序が安定していたとは云えなかった。そんな状況の中で正義感に富む青年弁護士ポール・ハリスは友等3人と語らい、如何にしてその欠陥を是正し克服するかと、「真実と倫理的実践」のモラルの大旗を掲げ、不退転の情熱を込めて前進した。いまやロータリアンは124ヶ国に、会員は120余万にも増大した。
※       ※       ※
 さて、今日人類が待ち望んだ21世紀は、期待に反して余りにも力ずくの我よし的蛮行が多く、ロータリー精神に背く憂うべき内外の諸状況にある。勿論直接的政治実践的活動は野暮の骨頂だ。当然禁じられているが、吾々は高度の倫理的文化性を持し、ポール・ハリスの原点に帰り今日、人類は正に最大の生存の危機にある事を思う時、吾等100万のロータリアンが正に光となり熱となり奉仕の精神に生きたいと念願する。この事はまたロータリーの綱領の実践的課題でもあるのだ。

○一寸気になる発足当時の残滓物

 認証式は1954年11月7日、福知山RCと綾部RCと合同で、福知山公会堂で盛大に挙行され、いよいよ終了に当り北沢前ガバナーの締めの挨拶がなされた。終りに当り参加者から質問が出た。ここは日本であるのにロータリーは何故英語を使うかという問いだ。故北沢前ガバナーは大きな声で「RCクラブは、国際的組織の団体だ。国際語である英語を使うのは当然だ。それが嫌いならやめてRCには入らないでもいい……」と、一同は何かほっとした思いで一瞬静かになった。戦時中は敵国語は一切使うなと厳しく、商店の横文字は消され、野球を始めスポーツ用語まで、無理に変な邦語に改名変更された程だ。それに従わない者は非国民にされた程で、当時を知る戦中派は頭の底に昔のいやな潜在意識がコビリ付いてあんな質問が出てしまったのだろう。さて然し今日はまた極端に言葉が乱れて変な新語時代だ。戦中派は一寸気にかかる。

大石恒義印度医療奉仕・アイキャンプ
大石恒義(大和郡山RC)入会:1965年6月7日 74歳

 RI第265地区、1985年〜86年、増田房二ガバナー、1986年〜87年、故佐々木勝順ガバナーの時、私は世界社会奉仕委員長を命じられ、2年間印度医療奉仕・アイキャンプを実施致しました。これは印度人の白内障手術で人工水晶体を挿入するものですが、当時の印度ではこの技術はなく、日本眼科学界では有名であった群馬県の百瀬皓博士が医師、看護士7名の医療チームを編成して、全くのボランティアで渡印して頂きました。
 印度での医療奉仕・アイキャンプの発想は、長年印度仏跡巡拝の旅を続けておりました私は、1,300年来、日本人は仏教の文化・思想の恩恵を蒙ってまいりましたが、その片鱗でも恩返しをしたいという望みをいつも胸の中に潜めておりました。諮問委員の千宗室パスト・ガバナーも心よくGOサインを下さり、私自身は自分が言い出しただけに、大変な難行苦行を重ねましたが、2年間のこの事業で、449人の瞳に光を与えることが出来ました。
 でも今にして思えば、私は石屋であって、医者でなかったこと、もし私に医師としての知識があれば、とてもあのような医療奉仕という事業は出来なかっただろうと思います。この実施場所は、釋尊成道の聖地ブッダガヤと申しましても、文化果つる僻地、患者の衣服には蝿がいっぱい群がっており、看護士さん達は、まずその蝿をキンチョールで追い払うという作業から始めなければなりませんでした。
 1997年〜98年のRI・ジェームス・レイシー会長が就任にあたり「ロータリアンへのメッセージ」の中で、印度アイキャンプの奉仕事業を筆頭に取り上げておられましたが、これは当時希有なことで、国際ロータリーの財団からこの事業に対して、22,500ドル(当時のレートで約400万円)の補助金を受けたことが記録にあったからだと思います。でも印度アイキャンプはこの時より12年前のことでありました。
 私のロータリー歴は40年という歳月で、自分の人生の半分はロータリーと共に歩んでまいりましたが、今から20年前の印度アイキャンプで得た教訓は「奉仕というものは、誠意と努力があってこそ、真の奉仕である」ということを、悟ることが出来ました。私のロータリーライフの中で忘れることの出来ない「印度アイキャンプ」でしたが、ロータリーの奉仕にも、若さの活力が必要であると、現在しみじみと思っております。
 尚このアイキャンプ事業についての詳しい記述をご希望のお方はガバナー事務所までお問い合せ下さい。

栗山亮作日本の変化とロータリーの百年
栗山亮作(五條RC)入会:1958年3月5日 76歳

 ガバナーから、創立以来五十年近くも在籍している会員として、何か感想を書くようにとのご指示がありましたが、若い頃に入会して漫然と過ごしていただけで、胸を張って言える事は何もありません。しかし、この半世紀を振り返ってみて、私が最も痛切に感じるのは、この間の社会環境の変化の大きさです。昭和三十年の経済白書に「もはや戦後ではない」という言葉があって、本当かな? と思ったものでしたが、昭和三十年代の前半は、後半の目覚しい経済成長を控えながら、まだ戦後の影を色濃く引きずっていたように思います。「日本は貧しい国だ」という先入観は根強く、実際、役所や公共施設にも足りないものが色々あり、それらをロータリーから補充したり、また医師のいない僻地に会員の医師が出向いて診療活動をして感謝されたりしましたが、其の後公共施設も次第に充足され、無医村も無くなって、公共の不足の一部をロータリーで補うといった安易な社会奉仕はだんだん通用し難くなりました。経済発展につれて、日本は世界から富裕な国と目されるようになりましたが、自分の頭がそれを納得するのに却って時間がかかったような気がします。交通や通信の手段が大幅に進歩して、人々の視野が広がると共に、社会の構造や思想も複雑化し、従来の単純な構図には納まり切らなくなりました。ロータリーの奉仕活動も、それに伴って当然変化を余儀なくされてきたと思います。価値観の多様化した今日の社会で、ロータリーが名誉ある評価を保ち続けるためには、それなりの努力と工夫が必要だと思うのですが、今度、ロータリーの綱領を読み返してみて、百年を経た今も少しも色褪せていないことに感銘を受けた次第です。

廣橋平司ロータリー回顧
廣橋平司(大和高田RC)入会:1961年6月6日 78歳

 父が橿原ロータリークラブのチャーターメンバーで当時県下には奈良と橿原しかなかったので1961年(昭和36年)5月に国際ロータリー東京大会が開催される事もあり会員拡大を計るため五條と大和高田に新クラブを設立されたと思います。当クラブはテリトリー内の会員全員12名が転出して発足しました。その後父は病気でなくなり私は35歳で入会し早や44年を過ぎました。当時は365地区で大阪、和歌山も一緒の大きな地区でした。チャーター伝達式は大阪新歌舞伎座で八クラブ合同伝達式でそれに出席した事が思い出されます。当クラブは創立以来1年間緒方準一ガバナー特別代表が例会に出席され真のロータリー精神を指導されたお陰でクラブ運営に大きな力となり今日の隆盛の礎となったと思います。
 20周年記念事業として王寺ロータリークラブのスポンサークラブとなり特別代表に初代会長の池内弥三郎氏が指名され拡大に貢献され今は立派なクラブに成長されています。
 扱当クラブにとって始めて足高晋氏が96年97年のガバナーに選出され私はその幹事長に就任しました。氏は地域振興の熱意強く長年首長として町民の絶大な信頼を得られ地区ガバナーとしては異色の存在でありました。大きな身体にレンガ色のヂャケットを着て「ロータリアン1人1人が地域でレンガになってロータリーの理想を建設するように」と熱っぽく話された姿が今も脳裏に焼付いています。又テリトリー内の知事さんとの対談、「知事と語る」では次代を担う青少年育成の問題や奉仕の力や知恵を行政側も活用してはどうかと提言されるなど彼にしか出来なかった発想だと思います。責任感が人一倍強く病に堪えながら入院する10月迄61クラブの公式訪問をされ遂に1月16日帰らぬ人となられました。さぞかし心残りであったと思います。私としては後の行事遂行のため千宗室元RI理事に相談して諮問委員会で11月以降の公式訪問には各府県のパストガバナーが代行する。又アクテングガバナーには奈良クラブの中野重宏PGを指名されました。早速中野氏は予定していたポリオのネパールミッションに団長として私も同行しましたがカトマンズに着いた日にガバナーの訃報が入りご心痛の中にも立派に事業を完遂されました。又1月29日ガバナーに就任されるやロシヤのタンカー日本海重油流出事故災害の義捐金について奔走され被害地の福井県京都府に贈呈する等多大の成果を収められました。半年余りとは言えあの過密なスケジュールの重責を無事果されたのはロータリアンの超我の奉仕をお示しになったと言わなければなりません。私も幹事長としてこの地区では今までなかった2人のガバナーに仕え大過なく終えた事は今想えば本当に多くの人達のおかげだとつくづく感謝の気持で一杯です。有難うございました。これ等の長いロータリーの体験をいかし残りの人生を充実したものにしたいと思っています。


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