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spacer.gif ガバナー月信3月号
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特集 私の職業奉仕(1)

職業奉仕(実践)事例記特集について
職業奉仕委員長 由良 徹(京都西RC)

 ロータリーの奉仕の第2世紀に当たる今年度は、ロータリーの原点に立ち返り、職業奉仕の意義とその価値の再構築を図る一環として、地区内R.C.会員の皆さまに広く「職業奉仕(実践)事例記」のご寄稿をお願い申し上げてまいりました。おかげさまで職業奉仕活動に熱心にお取り組みいただいている会員の皆様から大変示唆に富む有意義な内容のご寄稿をいただくことができました。この度、ご寄稿文を職業奉仕事例特集として、ガバナー月信に掲載させていただくことになりました。ロータリー奉仕活動の原点であります職業奉仕についてのご理解と実践のための大変有意義な情報として、是非ご一読賜りますようお願い申し上げます。
 (なお、ご寄稿原稿は誌面の都合上、受け付け日順に3月号〜6月号に分けて掲載させていただく予定です。)

 私なりの職業奉仕 向 敏男(八日市南RC)
 私の職業分類は食品卸売業です。ご他聞にもれず地方の食品卸売業は量販店とコンビニにおされ、お得意先の食料品小売店が減少して、経営は年々苦境にたたされております。
 毎日午前6時より9時までに公設卸売市場にて営業して、それ以降は通常の営業活動をしており
 以前は公設卸売市場にての営業だけで、経営が成り立っておりましたが、近年は売上の25%くらいにまで落ち込んでおります。
 健全な経営を考えると、市場での営業は閉店にすることが賢明な方策と考えられます。
 しかし市場の出店を取り止めましたら、まず第一番に困られるのは市場での仕入れによって営業を続けておられるお得意先になります。
 職業を通じて社会に奉仕するという、職業奉仕の精神を思うと市場店の閉店をすることは、とても決断できることではございません。
 私がロータリークラブの会員でなくても、この問題は同じように悩んでいると思いますが、会員であるがためにより重く考えてしまいます。
 同業の会員諸兄もございますが、どのように考え対処しておられるか、教えて欲しいと思いながら、私なりの職業奉仕の日々を送っております。

 合併の鍵 荻本幸作・池澤健雄(福知山西南RC)
 地方の零細企業は株式会社の形態を取ってはいるがその実態は個人商店の延長線上にあるのが本当のところである。従って経営者の会社に対する思いに強いものがあるのは当然である。しかし合併ということになればその手続は極めて事務的に行われるので、経営者の会社に対する思い入れや、気持ちといった心情的なものをその中に取り入れるのは難しい。これらの数字に置き替えが効かぬものに対する配慮が合併に際しては大切な要因になる。ここに経営者が会社というものをどのように考えるのか、またその人の生き方はどうなのかが重要な鍵となる。経営者の考え方が同じで大きな相違が無く、両者の間に信頼関係があることが合併を可能にする必要な条件である。このような理由で地方においては吸収合併のケースはあっても、今回のような対等合併のケースは珍しいケースではないかと思う。
 経営者として交代期を迎え、会社の将来の展望と後継者に引継ぐことを考えた時に今回のように合併でより強固な基盤が出来たことは非常に幸運であったと思う。しかし如何に戦略は正しくとも現実はそう甘くはないもので、後はこの合併を必ず成功させる為、企業の存在価値を高める努力をしなければと考えている。結果として今回の合併に際して、RCから学んだ様々な考え方が大いに参考になったことを付け加えておきたい。

 仕事を通じて思うこと 松井在河(京都平安RC)
 ロータリーは、意外と忙しい。毎週例会があり、イベントも多い。「職業を通じての奉仕と親睦」とか「アイ・サーブ」など耳新しい言葉がある。百年も続いている巨大組織の基本精神だから、深い意味があるに違いない。要するに、会員一人一人に、奉仕の精神を持った立派な職業人であり社会人であることが、まず求められているのだと思う。
 さて、私の職業分類は医療活動であるので、奉仕とは特に関係が深い。今から50年前、私が初めて20床の小さな松井病院を開設したときに掲げた目的が、「よい設備でよい医療を行い、健康で文化的な市民生活に奉仕する」であった。この精神は、今でも一貫して、私共のグループのモットーとして受け継がれている。
 私の日頃のフランチャイズは、西院にある150床の西京病院であるが、私はこれを。"都市型第一線病院"と規定している。それは、地域の市民が、いざ病気になったとき、先ず安心して診てもらえる病院という意味である。
 そのため、病院の守備範囲も、「救急急病から慢性介護リハビリまで」と窓口を広げており、病棟も、急性期50床、慢性期50床、介護型50床に分けている。
 それにしても、世の中では、おかしなことも起こるものである。1年ほど前の話であるが、あの有名なオリコン社の「患者が選んだ病院」という本のなかで、私共の京都九条病院(急性期200床)が、脳外科部門で、近畿地区全域で、No.1にランクされたのである。たかが世論調査と言ってしまえばそれまでですが、なにしろNo.1.日頃頑張っているスタッフ達にとっては、思いがけない「はげみ」となりました。
 何が評価されたのだろうか。「設備や技術もさることながら、やはり、チームワークと熱意が一番」というのが、院内すずめ達の声である。

 私の職業奉仕について 岩井一夫(野洲RC)
 私が職業についてから35年ほどになりますが、通常、学校を卒業してから就職なり、家業に入るわけですが、私の場合大学時代が70年安保闘争のときで、授業が無く、親父から家業の手伝いを余儀なく押し付けられ、そのまま結婚したりして、大学は途中で辞めた形になっており、この歳になってからまた大学に入ることになったのに自分自身がびっくりしています。
 職業について35年のあいだ、其の時々の自分の思いで動いてきたのですが、職業について深く考えてはいませんでした。38歳の時に、ロータリーに入会して、初めて職業について考えさせられました。「ロータリーの綱領」「4つのテスト」に職業奉仕と社会奉仕が謳われています。私がロータリーで学んだ職業奉仕は、常に新しい仕事を始めるときに「4つのテスト」を基準におくことにしています。
 私の理解では「真実かどうか」自分の職業が社会の人に役立つのかどうか。「みんなに公平か」すべての人に役に立つのかどうか。「好意と友情を深めるか」多くの人たちに支持をされるかどうか。最後に「みんなのためになるかどうか」と考えることにしています。
 私の職業であるホテルは適正な価格で、清潔で安全とこころ休まる「旅のやど」として多くの方々に施設とサービスを提供することをモットーとしています。
 また現在、勉強中のバイオに関しても食中毒をなくすということにトライしているわけで、間違っていると思っていませんが、ややもすると効率第一主義になり職業としての意義を忘れることがあるので、時々「4つのテスト」を思い出し見直しをしています。昨年の敦賀で行われた地区大会で宮崎パストガバナーが新会員セミナーで「私たちは選ばれてRCに入会を許されました。この基準は職業奉仕でありその分類によって選ばれている筈です。職業奉仕の概念と職業分類、それからロータリー財団のカテゴリーを除いてしまった場合、それはロータリーでは無くなってしまいます。他に沢山ある普通の奉仕などを行う団体と同じになってしまいます。」と言われています。
 私は昔、難しいことは簡単に、簡単なことは慎重にとある人から教えられました。職業奉仕はどちらにもあてはまりますが、難しく考えずにやさしく考えると「4つのテスト」に行き当たると思います。

 心美人の女子学生を育てます 前川善一郎(京都平安RC)
 私の職場は、高槻市の周辺の丘の中腹にある女子大学です。これまで国立大学で、約30余年の教育研究経験がありますので、本大学に奉職する際に、いささか自信めいたものがありました。しかし、その自信は1ヶ月で打ち砕かれました。学生に五月病があるように、新任の私にもこの病が襲いました。私の二人の子供はどちらも男子であり、以前の国立大学も、理系で女子学生が少なかったからでしょうか、女性とあまり接する機会がなく、男性がいない環境での女性の振る舞いがいかなるものか、これまで垣間見たことの無い世界であっただけに、自称"ロマンチスト"の私の女性像を、無残にも粉々に砕きました。
 大学とは、学生に講義をしたり、また研究するところだと思っていました。その前提条件として、学生は授業を聞く人であるということが必要なのですが、現在の女子学生は、授業に興味がなくなると、自分の世界に入る傾向が強く、メールをしたり、おしゃべりをしたり、お化粧をしたりします。これをされると私は困ってしまうのですが、しかし、部屋がシーンとなって授業に集中する時もあるのです。この光景は、授業に興味が湧いたときに起こり、熱心に質問もしてくれます。これは学生が、先生は教えるプロフェッショナルでないと駄目ですよ、と言っているのだと理解できたときに、私の五月病は消えました。
 それからは、授業にいろいろな工夫をしています。たとえば、1、2、3、の数字を書いた紙を授業の最初に渡しておき、授業の途中で三択のクイズを行っています。授業に一体感が生まれて効果があるのです。学生との意思疎通が生まれますと、すごくかわいい女子学生に変身しました。人生相談、恋愛相談も受けています。
 私は、女子学生にいっている話があります。「心美人になりなさい」「心美人は貴方の一生の宝物です」「心美人になるのは難しいことではありません。相手の気持ちになって行動すればよいのです」これはまさに奉仕につながる精神です。私は、心美人の女子学生を育てています。

 職業奉仕に関する私見 伊藤晃一(京都西RC)
 私の職業歴は現在50年有余となり、齢も早や78才、尚老に鞭打ち会社経営に苦心している日々である。
 ロータリークラブに入会して25年前後となる。まず最初に教えられた事は職業奉仕こそロータリーの金看板でありロータリアンとして終生忘れてはいけない奉仕理念であると言われた。又アーサ、シェルドン氏は「最もよく奉仕する者は最もよく報いられる」と言われた。東洋思想たる易経にも「積善之家、必有餘慶」として同様の考えがある。
 入会当時の私自身、この教えから、職業を通じて世間様に役に立つ事をしていれば職業奉仕に適うものと思い職業奉仕とは、それで良いものだと思っていた節があった。
 しかし長年に亘るロータリアンとして先輩ロータリアンの教えを聞き、又職業奉仕的な活動に携わっている内に、この職業奉仕とは他に与えるものでなく心に向けるものとの実感が芽生えてきたのである。私の長年に亘る職業生活の中で少し垢にまみれ、その感覚として経営自負心からくる思い上がり、驕り等があった。そしてその恩恵も又自らの努力の成果とも考えているところがあった。
 しかし現在一人のロータリアンとして今日の会社及び自己の存在は世間様の支援指導の賜として生れてきたのであり、成果も又世間様が与えてくれたものと思うに至ったのである。神、仏の教えもさる事ながら私にとってはロータリーによって心が開かされたと言っても過言ではない。
 ロータリーの言う職業奉仕とは職業を通じて受けた恩恵を改めて世間様に戻す事から始まる報恩の行為、行動であると確信している。そしてロータリアンは共にこの世の平和と幸福を祈り又繁栄に努力を尽くす事こそロータリーの意義であり、これこそ金看板と言い得るのである。ロータリーの職業奉仕とはロ−タリアン一人ひとりの心に向かって問う行動と信ずる次第である。

 奉仕と友好親善 酒井英明(京都平安RC)
 私は日ごろから、本業以外で何が出来るだろうか、何かをしたいと常に思っています。私は、燐関連の化学薬品、工業薬品の販売の仕事をしておりますが、中国の内陸部の雲南省に、燐の原料を求めて訪問しだしてから17年になります。仕事の関係で接する現地の人々以外に、省市県の政府の要人とも知り合いになり、いろいろな話をします。その話のなかに、時として要求もあります。その要求のひとつとして、これからは日本人の観光客を呼び込むために、日本語が話せる人間を養成したい、そのため日本語学校を設立して欲しいとの要求が出されました。私は、その趣旨と熱意にほだされ、日本語を話す人々をひとりでも多く誕生させて、日本からの観光客に対する案内や、現地での日系企業で活躍してもらうことを夢見て、多くの方々に話しかけ、その協力によって日本語学校を設立して12年になります。毎年卒業生3名を、京都、東京、大阪7日間の修学旅行に招待して、日本を知ってもらいます。おかげで、各分野で卒業生が活躍するようになりました。また2年前に、京都雲南友好協会を皆さんの理解と協力により設立しました。交流の目的は多々ありますが、今年は低所得家庭の子供達に対して、奨学金を贈呈することにしました。学費や寮費などが払えなくて学校に行けない子供が、内陸部地区には沢山おります。当協会の会長をはじめ会員の方々の理解と協力によりまして、今年は数10名の子供達に贈呈することになりました。4月に現地を訪問して友好と親善を深めてきました。
 私は、本業とは無縁の場所でも人々と接しておれば、そのなかから相互に信頼関係が生まれ、小さな事でも奉仕の気持ちを表せば、友情と親善の関係が深まっていくことを実感しております。なんとか、これからも日本と中国との友好親善の関係を深めていきたいと願っているひとりであります。

 職業奉仕所感 亀谷和雄(京都西山RC)
 私は京都西山RCの職業奉仕委員長(2005〜2006)であります。
 過日地区の職業奉仕委員長協議会に出席して職業奉仕につき種々講演を拝聴させていただきました。その為大変勉強になり職業奉仕とは如何なるものかが、少し乍ら理解出来る様に相成りました。
 その節各クラブの職業奉仕委員長から、夫々のクラブの活動方針及び具体的な計画の発表発言があり、当クラブも発言致しました。それを聞くと種々の発表発言がありましたが、大体同様の意義と感じました。私事になって申し訳ありませんが、職業奉仕とは、クラブの会員は各職業の長から選出された人であり、夫々職業を通じてロータリーの原点であるテーマ「超我の奉仕」から社会及び人々に対して奉仕をすることによって、各職業とクラブの高揚に邁進するものと思います。
 その奉仕に邁進するには、当京都西山R.C.の本年のテーマである「奉仕の原点は健康から」にも分かる様に先ず健康で無ければならず、しかしながら私はその上に強く申し上げたいのは奉仕する為には先ず、人に対して社会に対して感謝の気持ちを捧げる事と思います。この感謝の気持ちが無ければ、奉仕の意義が失われる恐れがあると思われます。
 感謝の心があれば奉仕の精神が生かされてくると思われます。
 奉仕にはI serve, We serve、があり、各人とクラブでは夫々が互いに協力しながら推し進めるべきかと思われます。社会奉仕、職業奉仕、その他の総ての奉仕、此れらには、これを実践し実行する事が即ちロータリアンであるべきであると思います。
 このため、ロータリアンは大いなる誇りを持ち、大いなるプライドを持って生き抜くべきだと思います。

 私の職業奉仕 仁張直敏(福知山西南RC)
 私の職業分類は機械製造ですが、製造している機械は千差万別です。これは、当社のポリシィとして「なんでもやる!」をモットーに積極的にあらゆる物に挑戦してきたからです。そのなかで、売上1位が40%を占めています「連続炊飯システム」、2位、3位がそれぞれ15%の「半導体、液晶関連設備」「水処理、環境関連設備」で、その3本柱で、70%を占めています。
 2年前に、その一つ水処理、環境関連設備の得意先がどうも経営状態がおかしいという情報を入手しました。情報源からその信憑性は高いと判断し、即刻、大阪にあるT社の社長に面談を申し込みました。その話し合いの中で、経営は相当厳しいと感じましたが、T社の細かい資金繰りまでは、わかりません。経営が厳しいからといって、倒産してしまうとは限りません。
 一体、当社としてはどうすべきなのか? その時、今後の進む道として、決断として3つの方法がありました。1番目は、危ないと噂を入手した時点で、より詳細な情報を入手し、潰れる可能性もあると判断した場合は取引を出来る限りスピーディに止める。2番目は、取引は継続するが、取引額をミニマムにし、順次、縮小していく。3番目は、従来通り、仕事を継続し、取引条件の改善を求めていく。T社は、商事会社であり、またエンジニアリング会社でもありました。水処理、環境関連設備で、T社が営業、設計、現地工事を行い、当社が製造(車上渡し)をやっていました。T社と取引を止めるということは、その元請企業である三菱重工業、前澤工業との取引もなくなることを意味していました。どう判断すべきか、弊社の役員で相談し、3番目を選択しました。これを職業奉仕のテストである「四つのテスト」に照らし、職業を成功・発展させるかどうか検証してみます。
  1. 真実かどうか? 事実というのは、物理的判定であって、真実というのは、人間の心を通し厳重に判定した結果です。嘘、偽りはないか? T社の社長より最新の決算書、所有の仁張 直敏(福知山西南RC)不動産、有価証券の明細をいただきました。厳しい事は、T社の社長も認識していましたが、リストラ策は、私には十分と思えませんでした。嘘、偽り無く本心で経営状態を言えない程、悪化していると直感しました。
  2. みんなに公平か? 関係者すべてに公明正大か。職業上関係するみんな、つまり、お客はもちろん、従業員も仕入先、下請け等々に対して、フェアープレーをしているのか。財務内容、経営数字の非公開、厳しい賞与等で従業員の不満の声が聞こえました。
  3. 好意と友情深めるか? これは、好意と友情を深めて、お友達になろうということではありません。今あなたが職業上、考えたり、言ったり、やったりしていることで、お客はもちろん関係者から、今後、支持され、支援をうけられますか? ということです。今回の場合、弊社が希望していたのは、「安心した取引がしたい」ただそれだけでした。それがT社には出来ていないということで、支払条件の改善を切望しました。
  4. みんなのためになるかどうか? 関係者すべてに有益となるかどうかということです。もし、T社との取引を止めれば、それに関係している社員、外注先の仕事がすぐには見つかりません。たとえ不渡りという金銭的なダメージを受けても、仕事を継続さえしておけば、いつか、必ず取り戻せると判断したわけです。結果として、どうもおかしいという情報を入手してから、4ヵ月後にT社は民事再生法申請、その2ヵ月後に破産となりました。弊社は、お金は失いましたが、仕事は継続できました。
 今でも、良い決断をしたと思っています。今後とも、近江商人の訓戒を忘れずに、「金残すは下、事業残すは中、人残すは上、されど、金なくして事業成り立たす、事業なくして人育て難し」を忘れずに、「四つのテスト」に照らして、まず考え、言い、行ってゆきたいと思います。

 ロータリアンの職業観について 福井恭平(舞鶴R.C.)
 8〜9年前、今年の職業奉仕委員長の志摩さんと私で職業奉仕委員をやりました年に、二人でロータリアンの社是・社則集を作ったことがあります。
 この変化の大変な時代に、ロータリアンの企業としてどう時代に即応し、将来の展望と奉仕の企業理念を確立するかについて、少しでもその一助になればと考えたわけです。
 最初に松下幸之助氏の話をします。神坂次郎氏の「天馬の歌 松下幸之助」という本の末尾に木村尚三郎氏の解説の一部を紹介します。
 「本書を読んでいると何度も目頭が熱くなる。松下幸之助という偉大な人物の生い立ち、足跡を通して彼の努力と才能、失敗と成功の光と影を通して近代日本の苦闘の姿がまざまざと浮かび上がってくるからである。」
 又、他の本は松下電器が成功した理由として、昭和44年に次の9つを挙げておられます。要点のみ箇条書きにしますと;
 1.人材に恵まれましたこと
 2.方針を明確に提示したこと
 3.みんなが基本理念と具体的目標と理想をもって取り組んでくれたこと
 4.仕事が時代に合っていたこと
 5.派閥を作らなかったこと
 6.ガラス張りの経営
 7.全員経営
 8.みんな自由におおいにやんなはれ
 9.松下電器が成功したといえば、やはり私が“凡人”だったからでしょう
と9つ挙げておられます。「私が凡人であるがゆえに会社は発展しました」と言い、「いい人材が私の至らぬところを補い助けてくれた。だから発展ロータリアンの職業観についてすることが出来た」と言っておられる反面、常に方針を明確にし、企業理念、目標、理想、夢を社内外に浸透させて「自由にやんなはれ」と言っておられます。
 元会員の坂根利一さんからお借りした老舗と家訓という本があります。この本の中に、パスト・ガバナーの西村大治郎氏が「老舗の哲学、存続への意志」と題した一文が掲載されています。
 老舗とは何か、暖簾意識とは何か、そしてその継承者の基本的態度は;
 1.老舗はつねに自己改新をくりかえさなければならない。
 2.老舗はつねに人材教育をはからねばならない。
 3.老舗はつねに地域社会への奉仕を心掛けるべきである。
ということを挙げておられます。
 老舗の古い先人達の教えの中にロータリーの四つのテストが投影されていて、それが企業存続のエネルギーになっていると感じました。
 企業の理念は社内だけでなく、取引先や社会にも反映されるべきであると言う人がいます。
 1983年に地区の職業奉仕委員会が作られた『野に咲いた花』の中に、「あまり構えずにみんなで心掛けましょう」と、いましめ合っている産婦人科医の一文があります。一つは「赤ちゃん110番」を掲示し、「赤ちゃんのトラブルや相談に、深夜であろうといつでも電話で相談下さい」と待合室にかかげて実行されます。来院される方は老人、婦人、子供が多い仕事なので、薬局、手術室、分娩室に「静粛・清潔・言葉をていねいにするよう」注意している。また「しつこく聞かれても嫌がらず応答すること」と掲示されている。
 これも立派な社是・社訓で、ロータリーの職業奉仕に通ずるものがあります。

 私の職業奉仕(卓話) 荒川 眞(福知山西南RC)
 私は、昭和26年 この福知山に生まれ、中学を卒業後大阪の工業専門学校(現在の摂南大学)に行き、大阪、京都をウロウロとし、福知山へ帰り、父の会社であった(株)荒川工務店に入社をし、修業をしていたのですが、昭和5年12月ロータリークラブでもお世話になっておりました父が突然他界をいた
 当時私は33才で仕事の技術面はほぼ理解はしていましたが、経営の事はまったくといっていいくらい無知で随分損をしたというか苦労をしました。
 それでも家族や従業員の支えで何とか今日まで来る事が出来、又ロータリークラブの皆さんからもほんとに沢山の仕事を頂き心から感謝をしています。
 私共の会社は住宅建築を主とした大工を含むと約30名の家内工業のような会社です。明治中期に創業し私で4代目になるのですが、私が子供の頃は多い時は10人ほど住み込みの大工さんが居て、皆兄弟のようにして育ちました。
 又、眞吾達が育つころも4〜5人の私と同世代の大工さんが住み込んでいて、子供達は私よりその大工さん達に遊んでもらっていた事が多かったと思います。
 そんな会社で、いわゆる職人の集団で良い仕事をしていればいくらでも仕事はあって、多い時は3年分くらい仕事もかかえた時期もありました。私も一級建築士を持っていましたが現場で大工仕事をする方が忙しく楽しかったのですが、父の他界と同時に会社を継いだわけです。未だ暗中模索といった所ですが、そんな中、眞吾が一緒に仕事を始めてくれ、二男 大吾も現在はアメリカの設計事務所で修業中ですが、2人共一級建築士も取得してくれて、娘の奈々も事務をしてくれ、私の環境としては充分満足の出来る仕事環境になりました。
 ただ、こうなると一企業として私の代で終わる事が出来なくなり、最低でも向こう20〜30年の見通しを考えなくてはならなくなり、眞吾と模索し、意見が衝突したり意気投合したり、ゴルフも一緒に出来たりと、それなりに眞吾は大変だと思いますが私は楽しくやっております。
 ただ住宅業界も最近では大きく変化をしてきました。
 会社の技術力よりも営業力の方が評価しやすいので、どうしても見えにくい技術力に対する評価がされにくく、住宅そのものの結果も、15年20年経ってからが技術力の勝負所という事もあり、非常に難しい時ではあります。その中でも必要な技術力だけは守り、残しながら、現在の住宅に生かせて行くのが私共の課題と思っております。
 そんな中、先日両丹新聞にも掲載させて頂きましたが、社名を(株)荒川工務店から(株)アラカワに変更する事にいたしました。理由は色々とあるのですが、眞吾と奈々は2人共この西南ロータリークラブから交換留学生としてアメリカとスウェーデンに留学させて頂き、そして建築と福祉との関係について興味を持ち、2人共住環境コーディネーターを取得し、新事業を立ち上げました。(株)アラカワとなり社員、家族一丸となり益々頑張ってまいりますので、よろしくお願い致します。


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